2018年7月1日

2018年7月1日                  「体である教会に仕える」              コロサイの信徒への手紙1章24~29節

「その計画とは、あなたがたの内におられるキリスト、栄光の希望です。このキリストを、わたしたちは宣べ伝えており、全ての人がキリストに結ばれて完全なものとなるように、知恵を尽くしてすべての人を諭し、教えています。」(コロサイ1:27b~28)
前回は「福音に仕える」という題でメッセージしました。パウロにとって福音に仕えることも、教会に仕えることも同じなのです。なぜならともにイエス様に仕えることだからです。そしてイエス様に仕えるとはイエス様と同じ視点を持ち、願わくばイエス様のようになりたいと思うようになることです。ではイエス様の御目はどこに向けられているでしょうか?教会です。そして教会の生長(完成に向けて)のために苦しんでいるとパウロは言っています。もちろんここで言う「教会」とは見える各個教会のことではありません。ですから建物や人数のことに触れられていないのです。では見えない教会の成長とはどういう事でしょうか。それは一人のキリストによって生まれた人の生長なのです。もちろん最初は人のお世話や導き必要でしょう。しかし成長するにつけて、自分の計画ではなく主からの計画(自分に与えられた使命)を求めるようになり、霊的指導者ではなく直接主に結びついて、キリストにある成人となるのです。そしてはじめて私たちは「互いに愛し合いなさい。」(ヨハ13:34)の命令を実行することができるのです。

2018年07月02日