2016年8月21日
2016年8月21日 「宣教」 マタイによる福音書28章18~20節
「だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じていたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(マタイ28:19,20)
一般に、日本では福音を伝えるのが難しいと言います。本当にそうでしょうか?私は8月7日(日)・8日(月)紀の川キリスト教会でトレーニングキャンプ。9日(水)~18日(木)まで、初めて海外に短期宣教に行ってきました。移動に時間がかかったので、タイにいたのは1週間余りでしたが、幼稚園や小学校?の子どもたちや青年たち、いろんな村も訪問させていただきました。振り返ってみて大変楽しかったです。「楽しかった」と言うのは単に、たくさんの人と知り合えたとか、良い交わりが出来たとか、食べ物がおいしかったとか、珍しい景色を見たとかだけではなく・・確かに楽しくなる体験をたくさんさせていただきました。感謝!・・御言葉を行っているという確信があったからです。「すべての民」の中には、当然言葉も通じず、
イエス様のことも伝えてはいけないという人々もいます。もしかしたらそのような人たちへの「宣教」は一番単純に「御言葉」を行っているのではないかと思いました。私がこの期間中考えていたことは、①宣教の主体は誰か? ②何を伝えるのか?です。 皆さんはどう思いますか?