2017年5月21日

2017年5月21日           「天の故郷に行く道」               ヨハネによる福音書14章1~6節

「イエスは言われた。『わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことはできない。・・』」(ヨハネ14:6)
私たちはどこから来て、どこへ行くのか?もちろん私たちには生まれ育った場所があります。しかし、そこが「ふるさと」とは限りません。私たち一人一の存在が認められ、安心して過ごせる「居場所」・・そこには童謡「ふるさと」の歌詞にあるように自然が象徴する豊かさと、父母幼なじみに代表されるように自分を受け入れてくれる場が必要なのかもしれません。では私たちの「霊」のふるさとは?「塵は元の大地に帰り、霊は与え主である神に帰る。」(コヘレト12:7)「しかし、私たちは天にある国<社会、故郷>の市民であって・・」(詳訳聖書フィリピ3:20)と聖書に書いてあるように、天にあるのです。イエス様が「場所を用意しに行く」と言われたのは実にこのことなのです。そしてこのお言葉通りであれば、それまで「天」に私たちの場所がなかったことになります。だからイエス様は十字架の上で「贖い」を成し遂げられたのです。では「天であるふるさと」にどうにすれば行くことが出来るのでしょうか?ここに使徒トマスが引き出した素晴らしいイエス様の御言葉があります。①わたしは道であり・・イエス様は御自分のことを「地図」であると言われませんでした。つまりイエス様がその道案内をしてくださるということです。②真理であり・・イエス様は完全な真理なるお方です。そしてこのお方が道案内されるのも真理なる者であって、偽り者ではないのです。「しかし、真理を行うものは光の方に来る」(ヨハ3:21)のです(参照Ⅰヨハ1:5~10)。③命である。・・「命」とはエネルギーのことであり、主と共に歩む者にはこの命が与えられているのです(Ⅰヨハ5:11・12)。

2017年05月22日